自民党の政治家に歴史認識を求めるなど、ないものねだりの典型だが、それでも問題にすべきことは放置すべきではない。
逍遥録 −衒学城奇譚−さんのところで知ったのだが、麻生は所信表明演説の中で
幕末、我が国を訪れた外国人という外国人が、驚嘆とともに書きつけた記録の数々を通じて、わたしども日本人とは、決して豊かではないにもかかわらず、実によく笑い、微笑む国民だったことを知っています。この性質は、今も脈々受け継がれているはずであります。蘇らせなければなりません
と語ったという。
実によく笑い、微笑む国民であったというのはそのとおりである。なぜそうだったのか?麻生のこの発言からは、貧困にあえぎながらもそれをあっけらかんと笑い飛ばす明るさという、ずいぶん能天気な庶民の姿が描かれる。
しかし、この歴史認識は誤っている。江戸時代の中期以降は庶民は豊かな暮らしをしており、外国人たちはまるまると肥えた子供たちの姿を目にし、一人の乞食も見なかったというのである。いまから150年もまえ、考えてみたら政府なんてなにもしてくれないような、そんな時代であっても、人々は豊かに暮らしていたのである。幕末に日本を訪れた外国人は
「
欧州にはこんなに幸福で暮らし向きのよい農民はいない」
と
語っているし、あのハリスでさえ
「
人々はいずれもさっぱりしたよい身なりをし、栄養もよさそうだった。実際、私は日本に来てから汚い貧乏人をまだ一度も見ていない。彼らは幸福そうで、一見したところ富者も貧者もない。将軍の衣服は想像されうるような王者らしい豪華さからはほど遠いものであり、私の服装の方が彼のものよりはるかに高価だったと言っても過言ではない。これがおそらく人民の本当の幸福の姿というものだろう。」
と語るのである。
つまり、日本の政治など、何もしてくれない方がよほどましであり、明治以降の政府が国民生活を破壊して支配者の私利私欲に奉仕する政府であったことを幕末の庶民の姿が語っているのである。
ハリスは続けていう、まるで予言するかのように。
「
私は時として、日本を開国して外国の影響を受けさせることが果たしてこの人々の普遍的な幸福を増進するゆえんであるかどうか、疑わしくなる」。
麻生は、おじいさんのまたそのおじいさんの世代からの世襲政治家だが、その家系がまさに日本の笑いや微笑みを奪い、美しい国土を破壊して、日本を好戦的な侵略国家に変え、人々を険しい、苦悶の表情にしてきたのである。
笑いと微笑みをよみがえらせるという麻生の言葉はまさに正しい、ただ残念ながらよみがえったその国には麻生のような政治家はもういないだろう。
癌細胞が、自分を癌細胞と知らずに、昔はこの体は健康だったというようなものである。健康をよみがえらせるためには切除されるとも知らずに。そうなると能天気なのは庶民ではなく麻生の方だろう。
ただ、麻生が総理大臣の椅子にしがみついている日本がどのような状態であるか、さらにハリスの言葉を引用しよう。
「
悲惨と革命の長い過程が続くだろうことに愛情に満ちた当然の懸念を表明せずにはいられない」。
このあたりのことはわたしの
江戸時代シリーズの中で詳しく述べている。
麻生の言い方を借りれば、ゆたかで、民主的で、識字率も高く、国家が教育を使って洗脳していなかった時代の日本人の賢さをよみがえらせなければなりません、ということだろうか
テーマ : 歴史 - ジャンル : 学問・文化・芸術
お早うございます。
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で紹介しました。
麻生さんの誤解
それにしても解釈が正反対。マトモに文字も読めないのか。?
貧しくて不自由でもニコニコ笑っていた(能天気な)日本人は麻生流解釈。
渡辺京二説(欧米人が来日した当時の感想)では、
最下層階級の庶民までが、自分の仕事に責任感と誇りと自信を持ち豊かで自由で平和な安全な生活をしていた日本国。
明日の生活の心配をしないでも生活できていた。だから陽気に何時も笑っていられた。
麻生説のように苦しいのに笑っていたら単なるアホですよ。
江戸時代末期、西洋の文献だけで日本の当時の技術で反射炉を独自に作れたように、産業革命以前の社会としては最高度に発達した文明だった日本。
明治維新以後に産業革命が本格的に起こり鉱工業が発展(資本主義化)し、一部産業資本家が大儲けしたのは事実ですが、産業革命以前の職人や農民よりも、産業革命以後の一般庶民の生活レベル(労働者の待遇)は確実に低下した。
なにやら現在起こっているIT革命と規制緩和のお陰で大儲けする大企業と、今までの正規の熟練労働者を人員整理した後に、待遇が劣悪な未熟練労働者(パートや派遣)になってしまった現在日本の姿と二重写し。
技術や産業の近代化が、そのまま庶民の収入低下になってしまう。
今の日本では少し前の日本よりも確実に庶民の笑いが減った。
150年の歴史を隔てて、全く同じ不幸な良く似た事柄が日本で起こってしまった。
現代とはどういう時代なのか
しかしながら、産業革命を経験して近代国家になった現代の日本と江戸時代とでは、比較してもしょうがないと思います。 現在日本において、資本主義体制が競争と格差を生む以上、(例えば)より成熟した社会民主主義、或いは、福祉国家のような新たな理想を持つ以外に方法はないわけです。 その意味で、政治にイデオロギーは不要になったと考えることには、反対ですね。
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