前々回、名主が民主的に、しかも任期を区切って選ばれることから、江戸時代(但しすべての地域とは言わない)はジョン=ロック顔負けの民主主義であると
書いた。
しかし、将軍選挙があるわけでもないし、大名のリコールができるわけでもない、選挙権、投票権などの概念のない世界が民主主義であるはずがないとも思えるのに、なぜ幕末に訪れた外国人が、
「ヨーロッパ人の私がもっとも驚いたのは、日本の生活の持つきわめて民主的な体制」(メーチニコフ)。
「アングロサクソンよりも根底においては民主的」(チェンバレン:あのチェンバレンとは無関係)
というのはどうしてなのだろうか。「生活」「根底」が民主的といわれてもぴんと来ない。
民主主義についてきちんと教えてくれない、というより教えない日本では、民主主義というとどうも投票だの多数決だのという表面的なところに話が行きがちだ。しかし、民主主義は実はもっと深いレベルで問題になる。
鵯 政治制度
政治制度として選挙、代議制などという仕組みをとれば民主主義といえる。学校で教えられるのはこのレベルの民主主義で、ここに着目する限り、幕末の外国人がいう、江戸時代が民主主義の意味は理解できない。
政治制度としての民主主義は、水面上に見えている氷山のようなもので、それを支える浮力の実体は、水面下にある。

鵺 政治過程
そういう表面的な政治制度の裏に、現実の意思決定がどのような流れで生じていくのかという政治過程がある。例えば、宗教団体、労働組合、ロビイスト、マスコミ、ありとあらゆるチャンネルを通じて現実の意思決定がなされる。
政治制度としては一切選挙がなかったとしても、何となく百姓一揆が多発している空気を読んで、為政者が政治をすれば、政治制度としては民主的でなくとも、政治過程としては民主的なものといえる。
江戸時代は政治制度としては名主を幕府が任命する建前だったが、実際には百姓の意向が強くて現実の意思決定過程はかなり民主的だった。
鶚 政治文化
さらに根底で民主主義を支えるのは、その集団がもつ政治文化である。何かあったときに、一般的に集団はどのように物事を決め、解決する風土があるか、そういう行動様式の部分がどうなっているかである。
例えば、何か困ったときに誰も意見を言わず、すぐ長老や巫女の意見を求めてそれにすがり、従おうとする政治文化もあるかもしれないし、誰か声の大きい者が何か言えば、何となくそれについていく政治文化もあるかもしれない。
このレベルで民主主義である場合、どこにも「えらい人」や「超人」はいない、みんな同じだ、と言うあたりからスタートすることになる(
以前の記事)。全員が等しい政治的な資格を有すると扱われるなら、時間をかけて意見の調整をはかるしかなくなる。集団を構成するのは大人も子どもも男も女もいるが、すべての構成員が等しく尊重されるとなると意思決定は面倒で時間がかかるが、一人一人を尊重するならやむを得ない。
幕末の外国人達は、日本の女性の地位の高さ、世界中でもっとも子どもが大切にされる国、という印象をも含めてこのレベルで生活が民主的であると言っているのだろう。
根底となる人間観
さらにこの政治文化を支えるための根底がある。みんなで決めよう、という場合、人間は「みんな」は平等な存在であると思っているからそういう政治文化ができる。
幕末に訪れた外国人達は、(幕末の)日本は世界で一番子どもが大事にされる国ではないか、という。人に愛され、個人として尊重された子どもは、自分の価値を知り、人の価値にも気づくようになる。その人間観の上にしか民主主義は成り立たない。投票箱をいくつ用意しても、投票用紙を何枚用意しても無駄である。
民主主義は衆愚政治にもなりうる、ということを言う人がいるが、それは上に書いたとおり投票箱と投票用紙だけを用意した民主主義をイメージするからである。そういう部分だけで民主主義ができると思うから、氷山の水面上の部分だけで水に浮くかのように思ってしまうから、失望するのだ。民主主義は政治制度として採用しただけではあまり機能しないだろう。
例えばコスタリカでは、教育の現場でも問題の解決にものすごく時間をかけるという。バイキンマンをぶっ飛ばして「わっはっは」というようなものは解決でも大団円でもない。自分たちが主体的に解決して行くにはどうしたらいいのか、そういう政治文化を子どものうちから丁寧につくり上げて初めて民主主義が成り立ちうる。
江戸時代の日本では、人間を人間として尊重する文化の上に血を流すことなく自らの手で民主主義を確立することができた。今の私たちは、明治維新以降の政府に「自ら革命を起こしたことがない」「勝ち取ったことがない」「黒船が来ないとダメ」と洗脳され、自信を失っているに過ぎないような気がする。
あ、すみません
鍵コメントさん、ありがとうございます。図を書き間違えてました。
政治文化です。図のほうが間違ってました。
それから、ありがとうございます。私もこういう認識は広がって欲しいと思ってます。ただ、私の「反立憲主義」の部分はちょっと理解されないだろうなぁ。
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