年金問題で国民の怒りが収まらない。実際にはかなり昔からずさんな管理が行われてきており、本当は安倍が一人で責任を感じるようなものではない。年金100年安心などと称していた小泉政権の責任ひとつとっても安倍よりはるかに重いだろう。
だからあわてて社会保険庁職員の給与一律引き下げとか、歴代事務次官の給与返納など、感情的で行き当たりばったり、当事者の当惑と反発、そして国民からは政権への不信と哀れみを誘うだけの施策はやめたほうがよい。
昔、「おしん」とかいう番組があり、おしんが困ったときに年寄りの番頭が、封筒の袋貼りの内職をするシーンがあった。老番頭は、経営が傾いたことに責任でも感じるのか、そうでもしないといてもたってもいられないのか、少しでも足しなるようにと、おしんに止められても作業を続ける姿が、かえって哀れを誘う。哀れな素人はただ右往左往するしかない、その姿を見たリーダーであるおしんは次の手を打つことになるのだが、そういう人をも背負って決断するリーダーとしての姿が雄雄しく描かれる(といいながら、実はこの物語はそこしか見てないので、このストーリーは多分に私の推測が混じっている)。
もし、おしんが、「あんたが散々デタラメやってきたのが悪いのよ。『私の敵の姿が見えてきた』わ。さあ、少しでもすまないという気があるのなら、この内職をしなさい」などと言ったらどうだろうか。そして外向けには、エエカッコして、すべては経営者たる私の責任です、などと言う。誰がおしんを信頼してついてくるだろうか。
そういう問題ではないのだ。目をそらさずに事態に正面から向き合う、その上で解決策はどうすればいいのだろう、と素直に表明することからはじめても構わない。
ところが去年の6月に既に宙に浮いた年金の存在を指摘され、それでも現実に隠し続けてきたのは誰なのか。民主党の長妻昭、社民党の保坂展人らが問題提起しているのに、大騒ぎになるまでむしろ火消しに回ってきたのは誰なのか。
それでも一応反省して、今後はちゃんとやりますというのならまだわからないでもない。しかし、今も調査を妨害し、5000万件の総額がいくらになるのか、そのカネはちゃんとプールされているのか、使い込まれてしまったのか、大切な国民のカネについての情報公開をしない。おそらく、自分たちが不利になるからやらないのだろう。選挙前に余計に騒がれる、そういう党利党略だけを考え、不透明な対応をすることが一層不信に拍車をかけているのではないか。
行き当たりばったりの選挙向けの施策だけを感情的にぶち上げ、そうしてでも権力にしがみつきたい亡者たち。右往左往するドシロウト集団のくせに、愚策を弄することにだけは長けている。だから、ここまで日本をぼろぼろにしながらまだ権力の甘い汁を吸い続けた。
国民とともに普通に問題に正面から向き合い、一緒に解決策を考えようとするまともな感覚を持った政治家を選び、醜いドシロウト集団を追放する。それだけで日本は美しくなる。
今エントリ中のゴアの本でも、ナチスを例にとって、いかに有能な官僚が、それぞれが日々の仕事を黙々と合理的にこなしつつ、全体の利益に対する倫理感が全くないままで平気になっていたか言及されている箇所がありました。
「全体の奉仕者」である政治家、官僚を選ぶのも育てるのも国民の意思にかかってますね!
年金と岸信介とその孫
給与所得者対象の厚生年金は1943年戦局が思わしくなく(解り易くいうとぼろ負け)思うように税金(戦費)が集められなくなった時(東条内閣時代)創設されています。
どう贔屓目に見ても動機が不純。戦費不足を賄う為、税金を上げれば厭戦気分が蔓延する。ここは国民福祉を看板に金を集めよう。
政府にとって掛け金(戦費)を集金することが目的で還付するなどは問題外。勝ったらインドかオーストラリアを叩き売れば資金は幾らでも出来る。
それに払い戻しは遠い将来の話で自分(岸信介)はやらなくても良い。
全く実績も能力も無いのに爺さんの七光りで首相になった安倍晋三。因果は巡る糸車。ここはやっぱり爺さんのやった事の責任を取ってもらいましょう。
優秀(?)な官僚が粛々と行政を運営する、そこに政治がない世界はまさにカフカの「審判」ですね。
今日も決められたマニュアルどおりの対応をした北九州市の生活保護がひとりの人を死なせました。
1940年経済
集めるだけ集めて、みんな(官僚のことで国民が「みんな」に含まれないことは自明)がやめてからも食べられるように(天下りで甘い汁を吸い続ける)導入した、と導入当初の役人が言ってましたね。ずっと先になってお金がなくなったらそのときに考えればいいと。
まあわれわれはお孫さんで仇を取らせてもらうしかないということでしょうか。残念ではありますが、もともと世襲で得た地位ですし、本人に能力も努力もない以上、元に戻っただけということですよね。
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