最上の帽子は頭にのっていることを忘るるような帽子である。最上の政府は存在を忘るるような政府である。
----徳冨蘆花「謀反論」

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 小さい頃「終戦記念日」といわれると、「え、終戦じゃなく敗戦でしょ」といつも思った。
 ひねくれたクソガキ、といわれそうだが、敗戦こそが実感だった、とお年寄りたちから聞いていたからだ。近所のおばあちゃんは、62年前の8月15日には「うそだ、神国日本が負けるわけがない」と泣き叫んだという。「日本いい国強い国、世界に一つの神の国」(決して「愛国心」とは他国をも尊重する心ではないことに注意)と教えられ、どんなことがあっても負けないと信じてきたそのおばあちゃんは、アメリカがそこまで迫ってきて、もはや昼間戦闘機が低空飛行できる事態にまで至っているのに、最後まで事実を受け入れられなかった。
 だから、敗戦という事実を突きつけられた日が多くの国民にとっての8月15日だった。
Blog Ranking  同じ日、一方の連合国側では多くの国の町で、通りに繰り出して「戦争が終わった」と歓声を上げる人たちがいた。「終戦」とはそういうものである。
 日本も明治維新以降、戦争を仕掛けては勝ち続け、それぞれの戦争は常に「終戦」として国民のお祭りだった。日の丸を手にして靖国神社に集まり、万歳万歳と「終戦」を祝っていたのである。

 ちなみに、もしどうしても終戦といいたいのであれば、ポツダム宣言受諾を通告した8月14日か、ミズーリ号で調印した9月2日にすべきである。8月15日を記念日というのであれば、国民が敗戦を突きつけられた、敗戦の日であることになる。

 別に「反日」的意図ではない。「終戦」では戦争の悲惨さなどわからないといいたいのだ。
 もちろん日本の、過去の「終戦」においても、戦死者の家族にとっては悲惨であったことは間違いない。しかし、負ける側の悲惨こそが戦争の悲惨である。戦闘員も非戦闘員もなく無差別に撃たれ、焼かれ、殺される。この敗戦の、被害者の経験があるからこそ、今イラクで、アフガニスタンで大人も子供もなく人が殺されていることの痛みがわかるはずである。

 加害者としての反省は確かに大切だ。しかし、敗戦国であることからスタートしなければわからないことがたくさんある。東京大空襲の悲惨な話を近所のお年寄りから聞いたことのある人もいるだろう。また、以前にも書いたが学童疎開とは決して子供がかわいそうだからでなく、主として将来の戦力温存のために行われたため、障害を持った子供は連れて行ってもらえず、火の海の中を足を引きずって逃げ回ったなどの話をまずしっかり聞くべきである。
 また、特に悲惨な敗戦国の体験として原爆があるが、京都に通常の爆撃をせず温存したのは、文化財保護などではなく、原爆の威力を測定するため、手つかずの町として残しておきたかったこと(過去の記事)や、原爆は戦争遂行そのものよりも、兵器の実験やデモンストレーションの目的であったことなど、負ける側の人民や国土はどういう扱いを受けるのか、そのことを親戚、知人などの話としてしっかり聞くべきである。
 その上で、都市無差別爆撃を先に中国で行ったのは日本軍による重慶大爆撃であり、その重慶の近くに、後に東京大空襲を主張するアメリカの将校がたまたまいたことなどを知ることによってだんだん、日本の行った戦争の全体像が見えてくる。
 子供は「殴られたら痛い」と本当に痛みを知ってから初めて人を殴ったとき相手も同じくらい痛いことがわかる。
 おじいちゃまたちから、戦争がいかに楽しいものであったか、好きなように占領地から人を引っ張ってきて働かせて大もうけをし、国民の命を虫けら以下に扱える快感を教わった人間が、支持率だけのために、戦争を反省し、被害者の痛みも知らずに加害者責任におざなりにふれ、「平和を誠実に希求」して、「不戦の誓い」を新たにするなどというしらけた茶番の「終戦」の日はごめんである。
コメント

終戦の日は4月28日

サンフランシスコ講和条約を1951年9月8日日本側全権大使が署名、よく1952年4月28日に発効した。
一度始めた戦争はそう簡単には終わらない。
8月14日は無条件降伏を戦勝国に通告した記念日。
8月15日は日本軍の統帥権を持つ裕仁大元帥が降伏を内外に発表した記念日
9月2日のミズリー号での署名は、日本軍降伏文書への署名に過ぎない。
9月2日は日本軍降伏記念日。
戦争が正式に終わるためには講和(平和)条約を戦争当事国同士で結ぶことが絶対条件です。
それなら終戦記念日は4月28日
外国の例では半世紀前に終わっている朝鮮戦争は当時者が停戦協定しか結んでいない為、法的には戦争中といえる不安定な状態で米朝二国間協議による平和条約(講和条約)の締結が待たれる。
戦争は始めるのは簡単だが、終わらせるためには途轍もない時間と途方も無い労力を必要とする。


屈辱の日

日本本土の人々には殆ど記憶に無い4月28日は、沖縄県の人々にとっては、屈辱の日として決して忘れられない日として心に刻まれている。
普天間や名護の問題も、この日が関係しています。
異教徒の軍隊に占領されて主権を放棄した記念日でもある。
今日本本土では、一般の市民が軍事占領下に長年生きなければならなかった事実を済んでしまった他人事として忘れ去られようとしている。
沖縄の問題は、決して沖縄だけの問題ではない。
日本人全体にとっても4月28日は決して忘れるべきでないでしょう。

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